山井 太「スノーピーク『楽しいまま!』成長を続ける経営」刊行記念トークイベントレポート“ピュアでロマンチック”な会社の真実。(後編)

株式会社スノーピーク 代表取締役社長 CEO 山井 太(以下、山井)にとって2冊目となる著書「スノーピーク『楽しいまま!』成長を続ける経営」(日経BP)の刊行を記念して、トークイベントが開催されました。
 
1冊目の著書「スノーピーク『好きなことだけ!』を仕事にする経営」の発刊から今に至るまでの変化や、独自の組織づくりに触れた前編に続き、後編では、現在の米国での生活や今後の野望、自身が大切にしている経営の心得などが語られました。


米国での生活と、新たな挑戦

ポートランドに現在建設中(2019年12月時点)の「Snow Peak USA, Inc.」。ストア、レストラン、オフィス、ショールームを備えた、スノーピークの世界観をすべて表現する大型拠点となる。

——アメリカから、いつ日本に戻られたんですか?

山井
日本に帰ってきたのが(11月)6日です。

——けっこう最近ですね。アメリカにはまたすぐ行かれるのですか?

山井
明日、帰ります。「帰る」というのは違うね(笑)。明日また「行きます」。

——いかがですか、向こうの生活は︖

山井
そうですね…。⽇本とは明らかに違う気候、⾵⼟、⽂化なんですけど、居心地は悪くないですね。

僕が今住んでいるのは、オレゴン州のポートランド。僕が最初にポートランドに⾏ったのは1994年だと思うんですけど、基本的に僕はキャンパーでありフライフィッシャーなので、フライフィッシングをしに⾏ったんですね。その時にすごく⼤きなレインボートラウト(ニジマス)が釣れました。砂漠の中を流れるデシューツリバーという川に⾏ったのですが、砂漠は気温が⾼いので、本来マスは棲めないんですけど、その川は湧き⽔が水源になっていて、一年中、水温が15度ぐらいあるのでマスが棲めるんです。サボテンが⽣えていてガラガラヘビがいる砂漠で、ニジマスが釣れる。なんじゃこりゃ、みたいな環境です(笑)。ポートランドの周辺は森と湖がたくさんあって、セントラルオレゴンに⾏けばそういう砂漠地帯で、多彩な⾃然があります。

ポートランドは今、全⽶で「一番住みたい町」になっていて、基本的にはローカルをすごく⼤事にするところなんですね。流⾏っているレストランは、ファーム to テーブルみたいな。このお⾁は誰が作ってます、この野菜は誰が作ってます、というようなことが、全部メニューの裏側に書いてある。オーガニックなものも多いです。

——アメリカでは仕事でチャレンジもしながら、ライフスタイルも楽しんでいらっしゃるんですね。今の野望というか、次にどういうことを成し遂げたいと思われているのかをお聞かせください。

山井
キャンプもそうなんですけど、基本的にはアウトドアというビジネスは、先進国特有のビジネスです。なんでそんなビジネスが必要かというと…デジタル化が進むにつれ、リアルな体験がどんどん減ってきています。たとえば、僕らが⼦供だった頃はスマホもなければ、パソコンもないし、⼦供達は平気で外に出て遊んでたんですけど、今の⼦供たちの中には、ともするとリアルな世界に接することなく⼤⼈になってしまう⼈も相当な数いるはずです。⽂明国⽇本に住んでいるので、⽂明の持っているプラスの部分は享受してますけど、その反⾯、⼈間性が阻害されるというデメリットもあります。なので、それを癒す必要のある国にのみ、アウトドアというキャンプのマーケットが存在するんですね。

アメリカもITの最先端なので、病んでいるところはたくさんあると感じます。しかも、今までスノーピークみたいな、キャンプシーンをオシャレにする会社がないんです。アメリカのキャンプシーンは明らかに見た目が良くなくて…。トレーラーやキャンピングカーのマーケットと、バックパッキングのマーケットはあるんですけど、ファミリーで楽しむオシャレなキャンプは成⽴していない。なので、アメリカに日本のキャンプ文化を持ち込んで、アメリカのキャンプシーンを豊かにしたいなと思っています。

——楽しみですね。⽇本のスノーピークが、海外にもそのカルチャーをどんどん広げていく。

山井
スノーピークが海外に⾏ったのは1999年。最初は北⽶に⾏ったんですけど、2000年代にヨーロッパ、韓国、台湾、アジアへ、その後、オセアニア、ニュージーランドに⾏って、99年から20年間でひと回り、世界のマーケットでやってきて、今、海外の売上高⽐率が20%ぐらいなんです。ひと回り目は今みたいなアパレルの事業もやっていなければ、キャンピングオフィスも地⽅創⽣も、アーバンアウトドアもやっていませんでした。海外で店舗展開をし始めたのは2003年からなんですが、そういう意味ではアメリカではお店の展開もやっていなかったですね。基本的にはB to Bで世界マーケットでやっていました。20年経った今、2周⽬を北⽶からもう⼀度始めて、ヨーロッパ、アジア、オセアニアと、もう1回回って海外売上高⽐率を50%ぐらいにしたいなと思っています。

”好きなことをやって、楽しいまま仕事をさせてもらっているからこそ、個人にも会社にも責任があると思うんです。”

好きなことだけを仕事にし、楽しいまま成長するには

——今でもすごく成功しているのに、さらに高みを目指して海外展開をされていくのですね。常に走り続けている山井社長ですが、仕事や経営の面で、大事にされている心得やマインドセットはありますか。

山井
僕もそうですし、スノーピークも、僕らがすべてのことができるわけではないんですね。逆に言うと、僕にしかできないこと、スノーピークにしかできないことはたくさんあると思っていて、それを愚直にやっていくのが、僕だったりスノーピークの生き方だと思います。

——なるほど。スノーピークにしかできないことって、あらためて⾔葉にするとどんなことでしょうか。

山井
いろんな言い方ができると思うんですけど、本に書いたように基本的には、スノーピークは非常にピュアで、ロマンチックで、センチメンタルな会社なんですね。ともすると、そういう会社って、3年、5年で倒産しちゃったりするものなんですけど。好きなことだけを仕事にし、楽しいまま成長している会社で、なんでそれができるかというと、ただの遊び人にならないように、好きな商品を創ったら、それを売るためにちゃんと努力します。そして、経営としてちゃんと売上が上がり、利益が出て、拡大再生産できるように啓蒙しなくちゃいけない。それがないと、頭が遊び人になってしまう。そういう部分で言うと、好きなことをやって、楽しいまま仕事をさせてもらっている個人にも会社にも責任があると思うんですね。その責任とは、「成長し続ける」ということ。結果を出すためにちゃんと働いているかどうか、常に一度立ち止まって自分たちを顧みるようにしています。

——楽しみながらも結果を出す、ビジョンを成し遂げるということが、常に頭の中にしっかりと入っているような。

山井
基本的には楽しいことを考えて、欲しいものを作るんですけど、結果的に僕らは楽しいまま仕事をやっているし、欲しいものを作っているので、「ちゃんと結果を出そうね」っていうのが重要なんだと思っていますね。

——楽しみながらも「結果」というところは、社員の皆さん共通で意識してらっしゃるんですね。

山井
うちみたいな会社は、それがないとただの遊び人になってしまうので(笑)。僕らは何人のユーザーさんを幸せにできるのか、そういうことは数値にしています。各部署でも同様です。ピュアでロマンチックでセンチメンタルな反面、そういうところはきっちりと計画する会社であると思います。

——山井社長は怒ったりされるんですか?

山井
若いころはすごい怒ってました。最近はあまり怒らないかな。

——後ろの方で、社員の方が笑ってますけど(笑)。社長自身もだいぶ変わられたのですね。

山井
基本的には、怒ったり、叱ったりはしませんし、僕が怒ったり叱ったりする場合は、必ずなんらかの原因があると思います(笑)。例えば、本人に能力が100あるのに、20~30で仕事をやっていたとします。「君の可能性に対して、今の仕事ぶりはだめだよね」というのはちゃんと言ってあげないと、と思います。基本的には良いことをしたら褒めますし、100の能力で30しか出していなかったら叱らないといけないし。良いことは良い、悪いことは悪いとちゃんと言うように心がけてはいます。

——山井社長が評価されるのは、自分の能力を100%出し切っている方、結果を出した方ということですね。その判断基準はどんなところですか。

山井
スノーピークという会社は、他の会社が立ち上げたことの真似は絶対しないんですね。ブルーオーシャンで、このようなサービスを企てて、それを実現する会社なので。スノーピークで評価される社員は、主体性のある人。自分の頭で考え、自分の二本の足で立っている社員が評価されるのかなと。

——だからいろんな新規事業も任せられる方がいらっしゃるんですね。

自分にしかできないことを、愚直に

——とっても早いんですけど、お時間が残りわずかになってきました。こちらの本は発売3日で増刷と、ビジネス書の中でも今注目だとか。本を通して伝えたいメッセージがあったら、ぜひ教えてください。

山井
僕も、今日いらっしゃってる皆さんも等しく、いつか死にます。人生は1回しかないです。僕もそうですし、皆さんもそうです。僕たちが生まれてきた意味っていうのがあると思うんです。僕にしかできないこと、皆さんにしかできないことが必ずあるので、それをやっていかれて、いい人生を送っていただきたいなと思います。

——山井社長にも、挑戦しようかどうしようかと迷ったとき、「一度しかない人生だから」というところで判断されることがあるんですね。

山井
今日僕がここで、皆さんと会っていることも偶然じゃないと思いますし、何かしらの意味があると思っています。人生もそうだと思うんですね、生まれてきた何らかの意味はあるし、その中で自分でベストを尽くすっていう。ただ単に人生を送るのではなく。

——今の、そのお気持ちや生き方のお話を社員さんにシェアされたことは?

山井
今みたいな話をしたことはないですね。

——深い、いいお言葉をいただきました。今日はお伺いできて、すごく光栄です。本当にありがとうございました!

山井
ありがとうございました。
 

トークイベント終了後には、サインを求める長い列が。参加者ひとりひとりと言葉を交わし、濃密なひとときとなりました。

山井 太(やまい・とおる)株式会社スノーピーク 代表取締役社長 CEO
1959年新潟県三条市生まれ。明治大学を卒業後、外資系商社勤務を経て86年、父が創業したヤマコウに入社。アウトドア用品の開発に着手し、オートキャンプのブランドを築く。96年の社長就任と同時に社名をスノーピークに変更。熱狂的なアウトドア愛好家としても知られている。