山井 太「スノーピーク『楽しいまま!』成長を続ける経営」刊行記念トークイベントレポート“ピュアでロマンチック”な会社の真実。(前編)

株式会社スノーピーク 代表取締役社長 CEO 山井 太(以下、山井)にとって2冊目となる著書「スノーピーク『楽しいまま!』成長を続ける経営」(日経BP)の刊行を記念して、トークイベントが開催されました。

1冊目の著書「スノーピーク『好きなことだけ!』を仕事にする経営」の発刊から5年。アウトドアカンパニーの領域を越えて、新たな歩みを進めるスノーピークの未来像や自身の米国での生活、書籍を出すことになった理由など、著書の中では語られなかった思いも含め、さまざまなお話が飛び出しました。前後編に分けてご紹介します。


「人間性の回復」というミッションのもとに

——今日はこちらの本に書いてあることも、書いてないことも、たっぷりお聞きしたいと思います。まず、あらためて今の事業内容についてお聞かせください。

山井
はい。まずもってスノーピークという会社には、キャンプが大好きな人間が集まっています。キャンプの持っている力、例えば、自然と繋がることで人間性が回復されたり、ご家族でキャンプに行かれると家族の絆が深まったり、お友達との関係性もすごく近くなったりする。そういったキャンプの持っている力を心から信じている人間の集まりなんですね。

僕がキャンプ事業をスタートさせてから5年前くらいまでは、それだけを展開していました。でも、キャンプの持っている力を信じている僕たちは、近年、それを例えばキャンピングオフィスとして、オフィス空間もキャンプの力で活性化させたり、「アーバンアウトドア」という言葉をつくって、キャンプ場だけでなくて都市部でも人と自然をつなぐということを始めたりしています。

また、キャンプの力でコミュニティを作ってきた僕たちは、その延長線上で地方創生にも取り組んでいます。今お話ししたのはスノーピークが手掛けていることのほんの一部ですが、外から見るといろんなことをやり過ぎていて、「何をやっている会社なんだ!」と言われることもあります(笑)。でも、その根底にはキャンパーとしての価値観があって、キャンプの持っている力を使って人を癒したり、社会問題を解決したり、さまざまなことをやっている会社です。

——本の帯に“夢をグイグイとカタチにするすごい企業”と書かれていますが、きっと大事にされているミッションがおありで、それが成功の秘訣なのかなと、本を読みながら思いました。企業理念としてはどのようなことを掲げていらっしゃるのでしょうか。

山井
スノーピークは「The Snow Peak Way」というミッションステートメントを経営の中核に置いています。かいつまんでお話しすると、我々は自然指向のライフスタイルを実現する企業だと思っていて、人と自然、人と人をつなげることで世の中を良くしたいと考えています。また、我々はキャンパーの集まっている会社なので、自分たちもユーザーとして実際にお金を払って買って、使いたい商品だけを世の中に出したいと思っています。これは商品だけじゃなくて、サービスも同じです。もっと深掘りすると、私たちのミッションの根底には「人間性の回復」という、さらに掘り下げた使命を持っています。

outdoor lifestyle から outdoor life value へ。

——この本に出てくる、“ライフバリューをより大事にしていく”という言葉が印象的でした。ライフバリューという考え方について、教えてください。

山井
今お話しした「The Snow Peak Way」というミッションステートメント*は1990年に制定したんですが、その中では「自然指向のライフスタイル」という言葉を使っています。90年代前半には「ライフスタイル」という言葉を使っている会社はあまりなかったんですね。多くの会社は、特に製造業では、モノを売りますとか、そこで売上を上げますとか、そういったことを経営の中核に置いていました。商品・サービスはもちろん販売するんですけど、それを通じて人々がアウトドアを一生楽しむというライフスタイル自体を作りたいと思って、ライフスタイルという言葉を使っていたんですね。

しかし、時代が変わるにつれて、ライフスタイルという言葉自体が、現在の僕らの気分にだんだん合わなくなってきました。そこで「違う言葉を使うとしたら、どういう言葉があるだろう?」ということをこの5年ぐらい、スノーピークの中でディスカッションしてきたんですね。「僕らは個人の人間性の回復やご家族との幸せとか、友達との一生の付き合いとか、人生価値そのものを作っている会社だよね」と。それを100%実現できているかどうかはわかりませんけど、少なくともそれを標榜する会社だよね、という風に考え、「いまの気分にぴったりの言葉は“ライフバリュー”なんじゃないか?」と話すようになりました。

*ミッションステートメント“The Snow Peak Way”は、制定から約30年経った2019年12月、国内外の社員たちが集い、語り合い、自ら選んだ言葉を紡ぎ直して、スノーピーク史上初めて改訂された。

“あまりに激しく変わった”初の著書出版からの5年間

——今回が2冊目のご著書になりますが、1冊目(「スノーピーク『好きなことだけ!』を仕事にする経営」)をまだ読まれてない方も多いと思いますので、山井社長がお父様の会社に入られてからの歩みを少しお聞かせいただけますか。

山井
僕は1986年にスノーピークに入りました。父親が創業した会社で、父と一緒に仕事をできたのは3年間ぐらい。僕が入って3年ぐらい経った時に父がガンになり、92年に亡くなったんですけど、亡くなる前の3年間は入退院を繰り返していたので、実はほとんど一緒に仕事ができていないんですね。86年にスノーピークに入った時も、オシャレなキャンプを日本で成立させたいと思って、自分で創業しようかとか、いろいろ考えたんですけど、最終的には父親の会社に入った方が早いので、とりあえず社内起業というかたちでキャンプ事業を立ち上げました。86年時点での日本の社会情勢は、「JAPAN as NO.1」みたいな雰囲気があって、経済的には成功していたんですけど、国民実感としては「あまり豊かじゃないよね」「何か足りないよね」という感覚でした。

僕の中で、キャンプは日本という国に欠落している何かを埋めてくれるものだと感じていたんです。父親の会社に入り、社内起業でオシャレなキャンプ事業を立ち上げ、そして、それがすごいブームになったんですね! 88年にキャンプの事業を立ち上げたんですけど、その時点でオシャレなキャンプをやっている人は、日本で多く見積もっても1万人とか、それくらいだったと思います。スノーピークが世の中に提案をし始めて、90年ごろからブームになって、当時はオートキャンプ人口が2000万人と言われていました。1万人から2000万人にまで一気に上がっていったんです。

——すごい勢いですね。

山井
たぶん、日本人が潜在的に欲しいと思っていた、その潜在ニーズを顕在化させるきっかけを僕らが作ったんだと思います。

地方創生事業では、2019年7月に「Snow Peak FIELD SUITE HAKUBA KITAONE KOGEN」を長野県白馬村に開業した。スノーピークがプロデュースするオールインクルーシブスタイルのグランピングリゾートホテルだ。

——1冊目のご著書を出されてから、この5年ぐらいはどんな歩みだったんですか。

山井
1冊目の本は2014年に出版しました。今日もいらっしゃってますけど、日経BPの中沢さんという、当時日経トップリーダーの副編集長をやっていらっしゃった方がいて、僕の講演会を日経BPさんの企画で行ったときに、それが終わってから中沢さんが僕の所に来られて「山井さん、今日、お話したことを全部本にしませんか」と誘ってくださって、1冊目を書いたんです。2014年は、我々スノーピークが上場したり、僕が『カンブリア宮殿』(テレビ東京)に出たりと、いろいろなことがありました。

2014年時点でいうと、スノーピークは100%近くアウトドアカンパニーでした。僕が2冊目を書かなきゃいけなくなったのは、2014年から2019年の5年間が、必ずしもアウトドアカンパニーではなく、さっきお話ししたようにキャンプの力を使って、アパレルやアーバンアウトドア、アウトドアオフィス、地方創生と、いろいろなところにスノーピークが事業を広げてきた5年間だったからなんです。だから今、1冊目の本を読み返すと、今現在のスノーピークの姿を正しく反映していないんです。1冊目はアウトドアカンパニーである、キャンプメーカーであるスノーピークという会社のそれまでを描いていて、2冊目はそこから今までの5年間の軌跡を中心に書いているものになりました。

——2014年を境に大きく進化されたのですね。当時の姿が今と違うから、新たに今のことを書こうと2冊目を出されたんでしょうか。

山井
そもそも2014年に上場した理由というのも、これからはアウトドアカンパニーというだけではなく、「キャンプの力を使って広く社会問題を解決するような次元に行きましょう」ということをコミットすると、決めたからなんですね。もちろんキャンパーが集まっている会社なので、キャンパーであるという価値観は失わずに、人間性の回復をキャンプをしない人にも提供しようと考えた時、「それなら上場した方がいいよね」ということになったからなんです。

今回、本を書きながら、本当にこの5年間ですごい激しく変わったんだなと実感しました。1冊目の本を書いた時に、僕が人生で出す本は1冊だけと決めていたんですけど、この5年間であまりに激しく変わって、1冊目の本の内容が今の実態と合わなくなってきたので、もう1冊書く必要があったというのが今回の出版に至った正直な理由ですね。

キャンパーの価値観でつながる組織づくり

——会社の規模もどんどん大きくなっていると思いますが、組織作りではどういうポイントを意識されているのでしょうか。

山井
僕らはキャンプが大好きで、キャンプの力を信じているので、採用の時に基本的にはキャンプをやらない人は雇いません!

——それは最低条件ですか!?

山井
最低条件ですね。我々はユーザーとして自分たちが欲しい、美しくて、ちゃんと機能するものだけを創りたいと思っている会社なので、本当に全員がキャンプの持っている力、スノーピークという会社が持っている可能性を信じていて、そこはみんなに共通している部分です。あと、冒頭お話ししたミッションステートメントを社員全員が信じている会社でもあります。これは社員が15人くらいで売上が5億円ぐらいの時から、社員が500人で140億円くらいの売上規模になった現在でも変わりません。

——本には人材採用に関する工夫についても書かれていますね。採用情報を、あえて自社ホームページのみに掲載することで、スノーピークのコアなファンだけが辿り着くようになったそうですね。

山井
正直言うと3年ぐらい前までは、リクルートサイトとか、一般的な会社と同じような方法で新卒採用をしていました。その前までは、ガーっと人数が増えて、たとえば1年で20人、30人とか新入社員が入って来て、そのうちの2~3割の人たちに対して「なんか違うな」と。我々からすると「え、キャンプ好きって言ったよね?」って(笑)。「キャンプが好きだと言っていたけど、本当は好きじゃなかったのかな?」という印象を受けたり。

——面接のためにちょっと…(笑)。

山井
正直20~30人欲しい場合でも、応募数は少なくてもいいか!と、採用情報を自社サイトだけに掲載するようにしました。スノーピークに入りたい人は絶対WEBサイトを見に来て「スノーピークって募集してないのかな」って調べますよね。そうやって我々のWEBサイトの情報だけでエントリーする子から採用をかけるように変えたんです。

——なるほど。即戦力となる人、スキルのある人が欲しいというところもおありかと思いますが、あえてスノーピークのファンというか、同じ気持ちの方を迎え入れてらっしゃるんですね。その後の育成や即戦力にするという点ではご苦労もあるのではないかと思うんですが、どのように社員みんなで力をあげて成果を出していく組織をつくり上げているのでしょうか。

山井
スノーピークの社風は、みんなでキャンプするところからできていると思っていて。すごくイベントの多い会社なんですよ。「Snow Peak Way」という全国をめぐるキャンプのイベントだったり、ストアキャンプだったり、ロイヤルユーザーさん向けのイベントだったり。社内でキャンプイベントを何回やってるかって数えたことはないんですけど、全社を挙げて開催しているイベントだけでも年間15回ぐらいあります。

そのイベントの時に、たとえば金土日、2泊3日のイベントだったら、僕らは木曜日に現地に入って、前日の夜はわりと“スタッフナイト”になる。社員だけが集まって、20~30人の社員だけで集まって焚火を囲んで、「最近、どう?」って話とか「僕らは、将来、近未来でどうなったらいいと思う?」という話をしたり。そこで企業風土が築けるんです。もちろん、新入社員研修や中堅研修でもそういうことはやっているんですけども、そこで社風ができているわけではないと思いますね。

——キャンプをして焚火を囲んで、等身大で話し合うというところで社風が。

山井
そうですね。基本的にはキャンパー to キャンパーの会社なので。今日もスノーピークのユーザーさんがたくさんいらっしゃっているとは思いますけど、ユーザーさんと我々の関係性もキャンパー to キャンパーだし、社内も同様です。そこでキャンパー同士の深いつながりが生まれるんです。

11月某日、東京・青山ブックセンターにて開催されたトークイベント。定員50名の枠は、事前予約で早々に満席に。参加者の方々に近い距離感で想いを伝える、充実した時間となっていました。

山井 太(やまい・とおる)株式会社スノーピーク 代表取締役社長 CEO
1959年新潟県三条市生まれ。明治大学を卒業後、外資系商社勤務を経て86年、父が創業したヤマコウに入社。アウトドア用品の開発に着手し、オートキャンプのブランドを築く。96年の社長就任と同時に社名をスノーピークに変更。熱狂的なアウトドア愛好家としても知られている。