【コラム】 from PARTNER誰もが野遊びを楽しめる未来へ。
BuranoMasaaki Akiyama/秋山 政明
Prologue
さまざまな事情から、キャンプや自然とは遠い世界で生きざるを得ない人たち。
「医療的ケア児」と呼ばれる子どもたちとそのご家族もまた、そんな困難な状況下にいます。
その現状に疑問を持ち、障がいをもつ子どもたちもキャンプに行ける、安心して野遊びができる社会をつくろうと声を上げた人がいます。
Buranoの秋山政明さん。医療的ケア児をもつ家族のためのキャンプのガイドブックを作ろうと、クラウドファンディングに挑戦しています。
「障がいのある子がキャンプできるの?」と心配されるかもしれませんが、秋山さんは本気です。実現にかける想いを聞きました。
◇「医療的ケア児」を知っていますか?
秋山さんとご家族。2022年11月、スノーピークHEADQUARTERSにて。
秋山:
「我が家は僕と妻、長女(小4)と長男(小1)の4人家族。長男は『ミオチュブラーミオパチー』という指定難病をもって生まれました。生まれつき筋肉の量が少なく、筋肉が成長しにくい病気です。
呼吸をするのにも飲み込むのにも、筋肉は必要。なので息子は24時間呼吸器が手放せず、食事は胃に直接注射器で注入しています。
常に目が離せず、夜寝ているときでさえ緊張感がある、そんな生活を送って丸5年が経ちました」
小児医療が進む日本は、“世界一、子どもの命が救われる国”。その一方で、全国には現在2万人以上の医療的ケア児がいる。
「息子のように医療的デバイスをつけた障がいがある子どものことを、“医療的ケア児”と呼びます。その母親の大半は社会復帰を諦め、その子のきょうだいも寂しい思いをしたり、さまざまな負担を強いられます。
僕は当事者になって初めてこの現状と社会の受け皿の少なさを知り、茨城県古河市にBuranoという団体を立ち上げました。
僕らは今、新たな拠点を建設しています。遊びの森と芝生の広場がある、入院生活の長かった医療的ケア児やその家族たちが自然を身近に感じられる拠点です。
Buranoに通う、ひとりの子どもが『その芝生広場でキャンプがしたいな』と呟きました。この一言が、今回の挑戦のきっかけとなったのです」
◇医療的ケア児とキャンプ…?
「ラックソット」やコットは、寝たきりの子の簡易ベッドとして役立つ。
秋山:
「僕自身のキャンプ経験は3回ほど。幼少期からキャンプをして育った妻の実家から道具を譲り受けて、長女の誕生を機に始めました。ですが、息子に医療的ケアが必要なことで環境が大きく変わり、我が家のキャンプは途絶えてしまいました。
日常の外出でさえハードルの高い医療的ケア児は、キャンプとは縁遠い存在。でも、僕らの施設でその練習をして、慣れたら自分たちだけでキャンプ場に行ってみる。そんな未来の可能性にワクワクしました。
普段は主役になれないきょうだいだけで“きょうだいキャンプ”をやるのもいいし、不可能な話ではないかもと」
HEADQUARTERSでのキャンプでは、スタッフにアドバイスをもらいながら、設営は基本自分たちで。
「スノーピークさんというパートナーを得たことで、僕の心にさらに火が付きました。
2022年11月初旬。道具を揃え、まずは近くのキャンプ場で練習。その2週間後には、我が家を含む4家族でスノーピークHEADQUARTERSへ。スタッフの方々に手助けいただきながら、1泊2日でキャンプをしました。
医師も同行してくれ、体制はこの上ないほど万全。僕らも子どもたちも、命は有限です。『一緒にキャンプに行ける機会なんて滅多にない。行ける時に行っておきたい!』と、各家族が前向きに参加しました」
◇新たな世界の扉が開いた。
バギーで子どもたちとフィールド内をお散歩。
秋山:
「当日はみんなで散歩したり、きょうだい同士で走り回って遊んだり、ランタンの灯りの下で食事をするなど、初めての体験をたくさんしました。
子どもたちは体調も崩さず、僕の息子はめったにできない外遊びをおもしろがっているのが、彼の表情の変化から感じることができました。
あるご家族のお母さんは、子どもと散歩しながらフィールドを見渡した時に、なぜか涙があふれたそうです。それが何の涙なのか言葉にはできなくても、それぞれが何かを感じていたのは確かでした」
広大なフィールドを駆け回る、子どもたち。
「その裏で、僕はもう本当に余裕がなかったですね(笑)。リビングのレイアウトはなかなか決まらないし、カレーも全然温まらないし、予定はどんどん後ろ倒し…。
でも、まずは自分たちで失敗することが大切で、それも含めて貴重な経験。新潟まで行って1泊2日で泊まれたことが自信になって、僕らの“キャンプの扉”がついに開いた気がしました」
◇「自分たちでやる」ことにこだわる。
みんなで作ったカレーを秋山さんの口に運ぶ息子さん。
秋山:
「実は、医療的ケア児や難病の子どものためのキャンプ施設はいくつかあり、設備や体制が整っていて、とても安心して、素晴らしいキャンプ体験ができます。
ただ、受け入れ組数には限りがあり、全国各地の医療的ケア児にとってはまだまだ特別な体験です。
僕らが作りたいのは、全国各地にいる僕らのような家族が、もっと気軽に、もっと自由にキャンプ場に行ける社会。ただ1回の体験で終わるのではなく、毎シーズン、キャンプを重ねていくことで考えもしなかった子どもたちの成長につながると信じています」
初めての焚火。「子どもと体験してみたかった」と話す参加者も。
「だから、最低限必要な仕組みは整えつつ、自分たちの力でできるところまで落とし込むことが重要なんです。
それが、今回ガイドブックを作る理由です。医療的ケア児を持つ家族に向けてキャンプのノウハウを広めること。当事者の視点から道具や場所選びのポイント、心構えなどを冊子で伝え、同時に公開するポータルサイトでは各家族の事例を集めて、実際に行く際の参考にしてほしいと考えています」
◇未来を変える、キャンプの力。
コットに横になりながら、小さなイモ虫と遊ぶ息子さん。
「先月、我が家だけで2泊3日のキャンプに行った時のこと。初日は雨で、車に家族を待たせて僕一人で設営していたら、長女がカッパを着て出てきて、雨の中で1時間以上、水遊びに夢中になっていました。
息子はテントの中でイモ虫を見つけて、誰に言われるでもなく自分の指でシェラカップに落とし、ふちまで登ってきたらまた落として、延々と遊んでいました。入院生活の長かった息子にとって、どれほど新鮮な体験だったことか。
そんな家族の光景を目に、僕は“キャンプの力”を感じたのです」
「僕らはまだ、キャンプの世界の入口に立ったばかり。このまま野遊びをし続けた先に、何が待っているのかを知りません。
このプロジェクトを通じて、全国の医療ケア児とその家族が今まで知り得なかった新しい世界と出会えることを楽しみに、その実現に向けて準備を進めています。ぜひご支援のほど、お願いいたします」
Epilogue
医療的ケア児とそのご家族が自由にキャンプに行ける未来。それは、どんなハンデキャップがあろうと、すべての人が野遊びの喜びを享受できる未来でもあります。
「私達は地球上の全てのものに良い影響を与えます」。スノーピークは、このミッションステートメントのもと、Buranoの皆さんの挑戦を引き続きサポートさせていただきます。
クラウドファンディングは、7月17日(月・祝)まで。ぜひプロジェクトページにて詳細をご確認ください。