noasobi essey scene 17「友人、田中一郎氏の娘。」

秋のある休日の午後、友人から電話が入った。
 
用件は、高校生の娘をキャンプに連れていって欲しい、というものだった。
聞いてみると、学校でキャンプの話になったらしく、みんな一度や二度はキャンプ経験があるのに、自分だけは行ったことがないと、大いに責められたらしい。
 
元来、彼は野遊びの類が大の苦手で、トレッキングとハイキングの区別もつかない。
まさに“ものぐさオジサン”を絵に描いたような男だから、その困惑ぶりが余計にひしひしと伝わってきた。
費用は全部持つし、自分も同行するという必死の頼みに、断り切れず同意した。
 
早い方がいいというので、次の休日の朝、高原にあるキャンプ場を目指し3人で出発した。
 
森ではすでに紅葉が始まっていて、標高が高いせいか虫も少なく、夜には満点の星が見えた。
食事の後は焚火を囲み、彼女にせがまれるまま森や山や渓流の話をした。
 
ふと友人を見ると、椅子に沈み込むようにして眠っている。
 
枯れ木を集め、火を起こし、洗い物まで彼が引き受けた。
“ものぐさオジサン”にしてはよく頑張ったと、心の中でほめた。
  
彼女がテントからウールのひざ掛けを持ってきて、そっと父親に掛けている。
17才。普通なら父親の側に寄るのも嫌がる年頃。
 
田中一郎氏の娘は、真っ直ぐ伸びた樹のように育っている。

2009年「Snow Peak Outdoor Lifestyle Catalog」掲載。
この連載では、2004年から「Snow Peak Outdoor Lifestyle Catalog」で掲載していた記事を再掲しています。