キャンパー目線の地域活性 Vol.3“FIELD SUITE” 日本にまだない本物のグランピングを創る

標高1,200m、テントの外から聞こえる小さな鈴の音で目覚める。眠い目をこすりながらダウンを羽織り、まだ薄暗い牧草地をゲストたちが下っていく。周囲は次第に明るくなり目の前に雲海が広がる。残雪の山々を朝日が赤く染める。まるで雲の上に浮かぶ孤島のようなこの場所には、数名のゲストとたった2人のコンシェルジュ。

キャンプやアウトドアに覚えのある人には、さほど珍しいことではないかもしれない。登山で山小屋に泊り、夜星空を独り占めにできるあの感覚。オフシーズンに地元の人しか知らない小さな野営場に、たった一組で泊まるあの感覚。贅沢だけれども少しだけ自然を畏怖する。そんな感覚に似ている。

この夏、長野県白馬村にFIELD SUITE Hakuba Kitaone Kogenはスノーピーク監修のハイエンドのグランピング施設として開業を迎えた。

一般的なホテルやリゾートホテルの星の基準(格付け)は国や地域によって様々。多くは「部屋の数やサイズ」「テレビや暖房などの室内設備の有無」「レセプションのサービスレベル」など室内調度品の豪華さや、手厚いサービスがより良い宿泊施設の基準とされる。

一方、僕らスノーピークがつくる宿泊施設の価値は一般的な格付け基準とは全く異なる。

「周囲360°見渡す限り雄大な自然に包まれている」
「窓から眺める景色に人工建築物が入らない」
「その地域の旬の食材をふんだんに使った美しい料理の提供をする」
「その土地を愛する人々によるあたたかいおもてなしサービスが受けられる」

圧倒的な大自然の中に身を置き、プライベートな時間をゆったりと快適に過ごせることにウエイトを置いている。このスノーピーク独自の価値基準を全て満たしてはじめて、体験宿泊施設「FIELD SUITE」になるのだ。

「FIELD SUITE」とは、その時、その場所、その瞬間、最も美しい自然を味わうための特別なスイートルームという意味だ。

担当ディレクターとして関わってから2年余り「FIELD SUITE」がある白馬村の北尾根高原には幾度となく訪れた。

夏は自然以外には何もない高原の牧草地に、冬は積雪2mを優に超える山岳の雪原にテントを張り、社内の仲間や地域のパートナーと共にキャンプをしながら検証を繰り返してきた。

そして季節が変わる毎に、仮設で期間限定のグランピング実証プログラムを実施した。

白馬を訪れる際は、きまってその土地の自然環境を熟知する地域の方々と出会い、白馬の自然や歴史、文化の話を酒を飲み交わしながら聞いて回るようにした。

我々スノーピークが創るグランピングは日本の市場がイメージする“華美でゴージャスなグランピング”とは異なる。
目の前に広がる大自然を一番の贅沢と捉え、その中に心身ともに没入できるよう、極めてシンプルに、無駄な物を削ぎ落とした空間にしている。そこに土地の歴史や文化、地域の人たちの想いをエッセンスとして織り込む。

例えば、グランピング施設のために開発した前方が大きく開口する特注のテントは、眼前に広がる雄大な山々を切り取る。幕を支える支柱は、金属製のポールではなく、このエリアに生えているミズナラという木を使った。僕が初めて北尾根高原のリフトを上がり、最初に目にしたのは、丘の中央に一本だけ佇むミズナラの木だった。ミズナラは通常、群生して生えるのだが、その丘のミズナラは何故か一本のみ。しかし、その凛とした佇まいに、とても力強い印象を受けたことを覚えている。

そして、その姿は“この高原にたくさんの人が来るように”と願いを込め、十数年前から何もないところに高山植物や山野草ガーデンを耕作してきた北尾根高原のスタッフたちの姿と重なってみえた。

ミズナラはこのエリアを象徴する力強く美しいシンボルツリーに相応しい。ミズナラをテントポールに採用したのはそんな想いからだ。運営スタッフと共に樹木生産者の元を訪れ、強度を確認し、樹形や一本一本の木の表情を見ながら丁寧に選んだ。

また、藁で設えたソファは、その昔、家屋の一角に設けられていた馬屋のスペースを活用し山岳ガイドが登山客を泊めていたことに端を発する白馬村の山岳文化(白馬村は民宿発祥の地として知られている)を表現している。藁は馬屋のイメージ。天然の素材感を活かし、野生的な設えにした。あたたかい手触り感のあるおもてなしは民宿文化の残る白馬ならでは、でもある。

上記はほんの一例。こうした北尾根高原ならではのストーリーが「FIELD SUITE Hakuba Kitaone Kogen」には至る所に散りばめられている。

しかし、コンシェルジュはそれらを自ら説明したりはしない。ゲストから質問された時にだけそっと伝えるようお願いした。「なるほど、そうだったのか」を引き出すためだ。わざわざそうしているのは、ゲストの方からこの地に興味を持っていただくため。そのほうが再訪の楽しみになるし、その土地を知り、好きになってもらう事が何より大切だと思っているからだ。

ここはおそらく日本一“自然との距離が近い”グランピング施設だろう。

テントは強固な建築物ではない。風が吹けば揺れ、雨が降れば雨音が響く。すぐ傍には虫もいるし野生動物もいる。幕一枚を隔てた外の世界は、圧倒的な大自然。ともするとほんの少し心細い気持ちになるが、そのうち自分の感覚がとても研ぎ澄まされていることに気づくだろう。それが、人間本来の野生の感覚ではないかと思う。そしてゲストはその研ぎ澄まされた感覚の心地良さに気づくことになる。

グランピングとしての安全性と快適性は担保しながら、自然との距離感にこだわったのは、僕たちがキャンパーでありアウトドアマンだからだ。幕一枚隔てた自然との距離感こそ、この上なく贅沢であることをキャンパーは皆知っている。

自然が近いが故に、運営は非常に過酷さを擁する。天候に左右される日々は自然との闘いだ。これを支えるのはこの土地と、自然を誰よりも知り尽くし、強い白馬愛を持つ運営スタッフ。
2年もの準備期間中、共にキャンプをし、業務を通じて信頼関係を築いてきた。
実証プログラムを通してスノーピークのフィロソフィーを伝え、この土地ならではのホスピタリティや食や野遊びといった体験要素を皆で真剣に磨き上げてきた。

あるゲストは滞在中、圧倒的な自然を目の前に感動し、涙を流したと言う。
またあるゲストは病を患いながらも参加し、また別の季節に再び訪れることを生きがいに闘病を続けると力強くスタッフに約束してくれたそうだ。

これまでの人生観すら変えるような体験がFIELD SUITEの持つ力だ。たった一度の体験を通じて誰かの人生が豊かになる。人と自然がつながる接点をもっともっと全国各地に増やしていきたいと思う。

こばやし・ゆう/1983年生まれ。新潟県出身。2013年スノーピーク入社。アウトドアギア開発部、アーバンアウトドア事業やグランピング事業等の新規事業を経て、現在の地方創生コンサルティングへ。モノ作りからコトづくりへ。プライベートでは、(スノーピーク本社のある)三条市の山裾に680坪の敷地に小さな家を建て、妻と2人の子どもと家畜のヤギ4頭、自然と共に暮らす生活を楽しく実践中。庭は小さなキャンプ場。いま一番ほしいものはパワーショベルとトラクター。