【開発秘話】品質に、情熱を。「焚火台」

火を眺める、言葉のいらない時間。

ちょっと肌寒さを感じる夕暮れ時。仲間とともにパチパチと木が爆ぜる音に耳を傾けながら、ゆらゆらと揺らめく炎を見つめ、時々薪をくべる。

手をかざして温もりを確かめたり、目にしみる煙から顔をそむけたり…。でも、誰ひとり、その場所から動こうとはしない。言葉のいらない時間。それはとても愛おしい時間。

スノーピークの代表的な製品のひとつ、焚火台。4枚のパネルをつなげた逆四角錐のシンプルな構造と、高い熱量に耐えるタフなスペックで、1996年のデビュー以来、愛され続ける定番商品だ。

組み立ての手間がいらないシンプルな開閉システム。材質は、強靭なスペックで炎に耐える厚さ1.5mmの頑強なステンレス素材。使い込むほどに風合いが増し、使い手とともに思い出を刻みながら育ってくれる一生の相棒にふさわしいギアだ。

そんな焚火台が生まれた背景にある、圧倒的な情熱のストーリーをご紹介したい。

黒く焼け残った無残な直火跡。

焚火台の開発のきっかけは90年代前半まで遡る。当時、地面むき出しのキャンプ場が多く存在し、焚火は直火で楽しむことが常識とされていた。石を使った効率の良いかまどの作り方や、土の上での着火方法などが教本にも書かれていた時代だ。

しかし、その後に訪れたオートキャンプブームにより、芝が整えられた直火禁止のキャンプ場が数多く新設された。

ルールを守らず直火で焚火を楽しむキャンパーが後を絶たず、私たちは撮影などで多くのキャンプ場を訪れる度に、黒く焼け残った無残な焚火の跡を見ては嫌悪感を覚えた。

「自然にダメージを与えずに焚火を楽しみたい」という明確なコンセプトの下、地質を守りながら焚火を楽しむためのギアの開発がはじまった。

逆四角錐を組み合わせたシンプルな構造。

開発がスタートして早い段階で、逆四角錐のスタイルが構想にあがった。火が燃えるスペースは外へ向かって開いている形状がベストであること、さらに収納を考え、折り畳めて持ち運びができること。必要な要素をすべて考察した結果だ。

最終的にできあがったのは、三角のステンレスパネルを脚部を兼ねたパイプで囲み、同じ形状のものを4枚つなげる、非常にシンプルな構造。

薄く閉じて、使用時には開いて地面に置くだけの簡単なセッティングが可能となった。

耐熱実験により1.5mm厚のステンレス材を採用。

開発も終盤に差し掛かった頃に、耐久性を試す検証を何度も繰り返し、1.5mm厚のステンレス材を採用した。実は、最後の検証の場に持ち込まれたサンプルは、板厚が現行モデルよりも薄く、軽いスペックでつくられていた。

しかし、本体の周りにも薪を重ね、まるでキャンプファイヤーのような中での過酷な耐熱実験を行ったところ、約1時間後、サンプルを取り出してみるとステンレス材は波打ち、予想以上の変形が確認できたのだ。

板厚をこれ以上あげれば重くなってしまう。しかし開発者が迷うことはなかった。焚火や炭火の高温に耐え、一生使い続けることができる過剰なまでに頑強なスペックを求めていたからだ。

「焚き火をするための台!?」
マナーとして定着するまでの厳しい道のり。

「焚火は直火だからいいんだ! なぜ台を使わなければいけないのか!?」

1996年、スノーピークは焚火台をリリースしたが、市場では多くのキャンパーから焚火台に対する厳しい声が飛び交った。

しかしその中でも、スノーピークの思想に共感し、焚火台を受け入れてくれるキャンパーがいたことも確かだった。年々販売数は増え、私たちが掲げたコンセプトが正しかったことが証明されていった。

そして今では、焚火を楽しむキャンパーの常識となり、マナーとして定着した。スノーピークの焚火台が時代をつくった瞬間だった。

全国、世界のユーザーの元へ。

現在、焚火台を手がけているのは、スノーピークの本社工場と協力工場だ。2011年、それまでの社外の工場との分業を見直し、工場移転を機に溶接ロボットを導入。一連の工程を内製化した。そして2020年、高まる需要に応えるべく焚火台Lサイズを社外の協力工場に生産移管した。

焚火台の三角パネル部分の溶接には、それまでもロボットを使っていたが、組み立て溶接で使うのはスノーピークとして初の試み。

気温、湿度、ロット数によって微妙に変化する金属の習性を考慮した1mm以下の微調整、材質の異なるステンレス同士の溶接など、試行錯誤を繰り返した。

「正確な動きをするロボットだからこそ、日によって変化する材質をつなぐための融通が利かないという逆のデメリットも乗り越えなくてはいけない壁でした」と、工場長は語る。

あらゆる作業を多面的に捉え、工程を精査、ひとつひとつ問題をクリアし、ロボット溶接一連の工程を確立した。たとえば、パネル1枚・16箇所の溶接に対し、ロボットに入力するデータは200項目にも及ぶ。

もちろん気温の変化に合わせて都度、プログラミングを変更。繊細な調整も含め、工程を確立させたことはチームの結束も深めた。現在も一台一台、心を込めて生産を行っている。